先日のテレビでネットカフェ難民という言葉を知りました。
多くの若者が職を得られずネットカフェで寝起きしているのですね。この方達には親、きょうだいは居ないものかと、ため息をついてしまいます。
活気をパワーに満ちて人生の中で一番働き盛りの若者が何故この様になってしまうのでしょう。又、似た様なケースでホームレスと呼ばれる方達。湘南の松林の中にもブルーシートが点在しています。東京に行くさいに東海道線に乗りますが川崎の多摩川の河川じきにもブルーシートが軒をつらねてそのブルーシートが年々、長さをおびています。すごい時代に突入したものだと痛感しています。そして、これらの生活をしている方達も以前は全く私達と同じ生活をしていた方達、という現実です。他人事では、ないという危機感をもたなければなりません。
現実に、仕事が無いのか?と考えますが矢張り多くの相談者の方の話を聞いておりますと、少ない様に思われます。一流企業に勤務している方は、別として自営業の方は、仕事が減り、先細り状態です。
これは友人から聞いた話ですが、先日、30代半ばの女性が離婚致しました。理由(わけ)を聞きますと、夫が職を失ってその妻が、生活費を入れて下さいと厳しく言った所、夫はサラ金で借金をして妻に生活費を渡したそうです。
それを知った妻の両親が、サラ金に手を出すとはとんでもないムコだと、お怒りになり、離婚をさせてしまった訳です。妻の両親は、娘と孫を引き取って生活しておりますが、これはほんの一例ではなくて、多くのケースに見られる現実です。
婿殿は、サラ金からお金を借りても、自分の遊こう費で使った訳ではないのですね。
なんとも、まあ、気の毒な話で、妻と子供に捨てられた夫が、行く先は、難民にまでなってしまうのでしょうか?ならばその両親も娘だけなく、婿殿も一緒に面倒を見て、職を得られて再起のチャンスを与えて上げられなかったものでしょうか?永い人生の中で、平端な道ばかりでない事は、誰もが解り切っている筈なのに、イザ、自分の事や、娘の事になると、バッサリと切り捨ててしまう、単純な物の考え方。
この両親は、死ぬまで娘の生活を見て上げられるのか、考えさせられます。今まで真面目に働いてきた婿殿なら必ず再起するでしょうに…。
15年位前にある都市銀行の営業の方が、“先生これからの日本社会は格差社会になってお金を持っている方とそうでない方とはっきり分かれて中流と言うものが失われます”とおっしゃられて。その時は、え〜何それ、まさか?それってどういう意味かしら、と何気に聞いておりましたけれど現実、確かにその様になりつつ有るようです。訪づれる鑑定者の中には、とてつもないお金持がいて、とてつもない金銭感覚の方がいます。
こういう方達を、人、よんで、人生の成功者というのでしょうか?お金持にも二極化(ふたつのタイプ)が有って、ゆとりが有る分、鷹揚(おうよう)でやさしい人がいる反面、そりゃあ信じられない位、ガッガツして吝(りん)どんな人がいますね。前者の場合は、ゆったり控え目で、後者の場合は、大方、唯我独尊タイプです。こういう人は、義理、人情を平気で欠きますね。
人に嫌われながらひたすらお金を貯める沢山のお金さえ持っていれば、何と言われても平気。自分の体の健康さえ考えずに、食費までケチって。つまらない人生だなァ〜。と静観していると病気で長患らいをした揚句、貯めたお金はすでに無くなり、さみしい限りです。
私の様な仕事をしておりますと、人生の明暗あるいは表裏を沢山、見るにあたり、何が幸いかと考えれば健康で、三度の食事がおいしく頂ける事に幸の原点が有る様な気が致します。 |